T2K実験グループは、2014年5月26日、J-PARCハドロンホールの放射線事故による1年間のシャットダウンを終え、実験データの取得を再開しました。この再開に向けて何ヶ月にもわたって尽力いただいたJ-PARCの諸関係者方々には、心から感謝の意を表します。ビームラインコミッショニングを行った間に、J-PARCで作られた反ニュートリノビーム(日本で最初の反ニュートリノビーム)がT2Kビームラインに送られました。さらに、2014年6月8日、T2Kビームラインが反ニュートリノビームモードで運転されている間に、最初のfully-contained事象が、T2K後置検出器であるスーパーカミオカンデで観測されました。(下図のイベントディスプレイを参照)
- 反ニュートリノビームモード時にスーパーカミオカンデで観測されたイベント
T2K実験では、陽子ビームをグラファイト(炭素)標的に衝突させてニュートリノビームを作ります。この陽子と炭素原子核の衝突で多くのパイ中間子が生成されますが、パイ中間子には正の電荷を持つものと負の電荷を持つものの両方があります。パイ中間子は3台の電磁ホーンを通り、磁場によって運動方向を曲げられます。電磁ホーンの電流の向きを変えることで、スーパーカミオカンデに向けて放たれるパイ中間子のうち、正の電荷を持つものを収束させたり、逆に、負の電荷を持つものを収束させたりすることができます。正の電荷を持つパイ中間子は、すぐにミューニュートリノと反ミューオンに崩壊します。一方、負の電荷を持つパイ中間子は反ミューニュートリノとミューオンに崩壊します。このことは、T2K実験では、電磁ホーンの電流の向きを変えることにより、ほぼミューニュートリノからなるビーム、あるいはほぼ反ニュートリノビームからなるビームのどちらかを選べることを意味します。(ミューオン、反ミューオン、および残留パイ中間子は、標的の約100メートル下流に設置されたもう1つのグラファイト層によって止められます。)
反ニュートリノの振動を、ニュートリノの振動と比較することによって、科学における最も深遠な謎の1つを解く手掛かりを得ることができるかもしれません。その謎とは、ビッグバンにより宇宙の始めに同量の物質と反物質が生成されたと信じられているにも関らず、なぜ現在の宇宙は全て物質だけで成り立っているように見えるのか、ということです。ニュートリノ振動と反ニュートリノ振動の違いがこの答えを与えてくれる可能性があり、もしその違いが実際に存在すれば、CP対称性の破れと呼ばれる現象の1つの例になります。今回の反ニュートリノビームモードにおけるデータ取得開始の成功は、レプトンセクターでのCP対称性の破れを探る旅の始まりを告げるものです。
反ニュートリノビームモードでのデータ取得のもう1つ目的は、反ミューニュートリノの反応断面積の測定を行うことです。