素粒子物理学の標準模型は1970年代中ごろに発展しました。過去35年にわたってこの理論は極めて成功し,素粒子物理のほとんどの現象に対する優れた記述を与えてきました。実は,標準模型の中で実験的な精密検証に耐えられなかった部分が,ニュートリノです。
標準模型が作られたとき,次のことが仮定されました。
- ニュートリノの質量は厳密にゼロである。
- 3種類の荷電レプトンにそれぞれ対応している3種類のニュートリノがあり,レプトン数がそれぞれのレプトンの世代 (e, νe), (μ, νμ), (τ, ντ) で別々に保存される。
- ニュートリノと反ニュートリノは区別できる別のものである。
- 全てのニュートリノは左巻き(図9を参照)で,全ての反ニュートリノは右巻きである。
これらはニュートリノが発見されてから20年にわたる実験研究の帰結でした。それらは1950年代の終わりころにリー,ヤン,ランダウ,サラムによって考え出されたニュートリノの2成分モデルによってうまく記述されました。このモデルの鍵となるのはニュートリノの質量がゼロであるということです。もしニュートリノの質量が厳密にゼロであれば,右巻きか左巻きか(またはヘリシティ)はずっと保たれる属性であり,電子ニュートリノとして作られたニュートリノは他のタイプのニュートリノに変化することはできません。ニュートリノは標準模型の中で唯一,質量がゼロの物質粒子でした。(光子やグルーオンも質量がゼロですが,それらは力の媒介粒子であって物質粒子ではありません。)しかし,質量は標準模型が仮定はするが説明はしない属性の1つだったので,ニュートリノの質量がゼロでも,それは理屈に合わないとは思われませんでした。
もしある粒子の質量が厳密にゼロならば,その粒子のヘリシティは固定量で誰から見ても同じになります。(質量がゼロならば光速で運動し,それを追い抜くことはできないからです。)質量を持つ粒子は,観測者の運動によって左巻きにも右巻きにも見えます。したがって,ニュートリノがゼロでない質量を持つことになれば,2成分モデルは破綻し標準模型は修正されなければなりません。ニュートリノの始めのモデルにおける他の属性―3つのフレーバーの区別やニュートリノと反ニュートリノの違い-もまたニュートリノの質量がゼロという仮定に非常に依存しています。