この20年間にニュートリノ物理学に対する我々の描像は大きく変わりましたが、以下に示すように、まだ多くの未解決問題が残っています。
- 第3の混合角θ13は本当にゼロでない有限値なのでしょうか。
- CP対称性を破る位相角δはゼロでない値でしょうか。そうであればその値はいくらでしょうか。
- ニュートリノの質量階層は、電子ニュートリノ成分が支配的な質量状態1が最も軽い“順階層”でしょうか。それとも、質量状態3が質量状態1よりも軽い“逆階層”でしょうか。
- ステライルニュートリノは存在するのでしょうか。もし存在すれば、それは何種類で質量は標準模型ニュートリノに比べてどれくらい違うのでしょうか。
- ニュートリノ質量の絶対値はどれくらいなのでしょうか。
T2K実験は、今後十数年間にこれらの問いに答えようとする初めての次世代型実験です。ここで、現在および将来の実験をいくつか簡単に見ていきましょう。T2K実験で行う物理研究プログラムの詳細に関しては“About T2K”を参照してください。
第3の混合角θ13
これまで既によく測定されているニュートリノ振動は2種類あります。1つは混合角θ12に対応し、電子ニュートリノと他のタイプのニュートリノとの間で約7.6×10-5 eV2の質量2乗差で混合する“太陽ニュートリノ振動”と、もう1つは混合角θ23に対応し、ミューニュートリノとタウニュートリノとの間で約2.4×10-3 eV2の質量2乗差で混合する“大気ニュートリノ振動”です。両者とも(太陽と大気の名前が示す通り)自然界で発生しているニュートリノで発見されましたが、それが確立されたのは、θ12は原子炉で発生した反電子ニュートリノによって、θ23は加速器で生成されたミューニュートリノによってでした。それらと独立な第3の混合角θ13は電子ニュートリノとミューニュートリノの間でΔm223と同じくらいの質量2乗差での混合に対応しているはずです。Δm213= Δm212 + Δm223 でΔm212はΔm223に比べて非常に小さいので、Δm213とΔm223は同じくらいの大きさになります。また、大きな値をとっているθ12とθ23とは対照的にθ13はかなり小さいことが、原子炉ニュートリノ実験Choozで観測できなかったことから分かりました。
ニュートリノ振動のページで議論したように、振動を測定するための鍵となる実験量はL/Eです。ここで、Lはニュートリノ発生源から検出器までの距離(基線長)で、Eはニュートリノのエネルギーです。θ13を測定する実験には、2つの相補的な方法があります。
- 原子炉からの反電子ニュートリノを用いてνe欠損を測定する方法。数kmの短めの基線長となる。
- 加速器からのミューニュートリノを用いてνe出現を測定する方法。数百kmの長基線長となる。
基線長が異なる理由は、原子炉が数MeVのエネルギーのニュートリノを生成するのに対し、加速器によって生成されるミューニュートリノは、一般的に少なくとも1GeVのエネルギーを持っているからです。
これらの実験的アプローチはそれぞれに異なる長所と短所があり、互いに相補的な関係にあります。原子炉実験の有利な点は、特にθ13と質量2乗差に感度を持つ実験をデザインしやすいことです。したがって、要求されるL/Eはθ12の場合とは非常に異なります。対照的に、ミューニュートリノビームを用いる実験では、θ23 >> θ13であることから常に(23)振動からのはるかに大きい影響の上に(13)振動を研究することになります。加速器実験の利点は出現実験であることで、電子ニュートリノ反応によって生成された電子を検出して同定します。したがって(存在可能性のある)ステライルニュートリノと混同することなく、その振動を明確にνμ→νeと同定することができます。
稼働中および計画中の実験
T2KとMINOSは加速器で生成されたミューニュートリノビームを使った現在進行中の実験です。両者とも最近電子ニュートリノ出現の証拠を発表しましたが、素粒子物理学者が正式に“発見”と言える厳しい基準を満たすのに十分な統計的有意度はまだありません。もう1つの加速器実験であるNOνAは実験装置の建設中で、2013年にデータ収集を開始する予定です。
Double Chooz はChooz をアップグレードした実験で、系統誤差を削減することにより観測感度を上げるようにデザインされています。原子炉実験での主な系統誤差は原子炉からのニュートリノフラックスを十分に理解していないこと(欠損実験には致命的)によるもので、したがってChoozと比べた実験デザインの最大の違いは、振動する前のニュートリノフラックスを直接測定する前置検出器を備えたことです。Double Chooz は現在のところ後置検出器のみでデータ収集を行っていますが、2012年には2つ目の検出器が追加される予定です。概念的に同じ発想の実験Daya Bay(中国)は2011年8月時点でちょうどデータ収集を開始したところで、3番目の実験RENO(韓国)もまた2011年にデータ収集を開始することが期待されています。
CP非保存位相角δ
PMNS行列において、位相角δは常にθ13と同じ項に現れます。したがって、δの値はθ13に感度があるときにのみ測定することができます。CP対称性の破れは定義上、粒子と反粒子の間の違いに対応するので、δを測定するためには、ニュートリノビームと反ニュートリノビームのデータが同じくらい必要になると考えるかもしれませんが、それは容易いことではありません。(反ニュートリノビームは生成しにくく、反ニュートリノ反応断面積はニュートリノより小さいので、ニュートリノと反ニュートリノの統計を同じくらい必要とすれば、2倍以上の時間がかかるのです。) 実際には、これは厳密には正しくありません。長基線実験では、δの値はニュートリノエネルギーの関数として振動パターンが変化するので、(反ニュートリノではない)ニュートリノのみの実験であっても原理的にはδを測定することはできます。しかし、ニュートリノと反ニュートリノを比べることが疑う余地のない最も明解な方法と言えます。
残念ながら、θ13への感度を最適化することとδの測定能力を最適化することは両立しません。したがって、T2Kのδへの感度は幾分限定されてしまいます。δ測定に対する最もよい感度を持つ近い将来の実験はおそらくNOνAです。NOνAはもともとこのことを念頭においてデザインされた実験です。しかし、δとθ13の間には不定性が存在する(すなわち、一つの実験で決定される値はしばしば高く相関している)ので、最もよい感度はいくつかの実験の結果を組み合わせて得られるでしょう。
質量階層
1種類だけの振動を考えたとき、真空中でのニュートリノ振動は sin2(1.267 Δm2 L/E) (Δm2はeV2、Lはkm、EはGeVの単位)に比例し、したがってΔm2の符号には不感です。結果として、θ23(ミューニュートリノとタウニュートリノの間の混合)に対しては質量状態2が質量状態3よりも軽いのか重いのかを知ることはできません。反対に、物質効果による混合(MSW効果)は質量差の符号に感度があります。通常の物質は高い電子密度を持つからです。(ミューオン密度やタウ粒子密度は無い。) 1000kmもしくはそれ以上の基線長を持つニュートリノ実験はそのために質量階層を解明することができます。電子ニュートリノ出現現象は順階層(m1 < m3)では強められ、逆階層(m1 > m3)では抑えられます。この効果は295km“しかない”基線長のT2Kでは非常に小さく、NOνA(基線長810km)では顕著になります。フェルミ研究所とHomestakeの間(1300km)またはCERNとフィンランドのPyhasälmi鉱山の間(2288km)で計画されている実験ではさらに効果が大きくなります。この効果はθ13のみに働き、より大きなθ23には働かないことに注意してください。θ23はミューニュートリノとタウニュートリノの間の混合を記述しており、電子ニュートリノを含む混合だけが高い電子密度の影響を受けるのです。
ステライルニュートリノ
ステライルニュートリノは弱い相互作用で反応しないニュートリノのことで、したがって、基本的にニュートリノ実験では見えません。既に知られている“活性”ニュートリノへ振動するステライル(不活性)ニュートリノは振動実験で以下の2つのうちのどちらかによって同定することができます。
- 太陽および大気ニュートリノ混合に対して知られている結果と矛盾するΔm2の値を持つ振動
- 中性カレント反応での欠損信号(中性カレントは全ての活性ニュートリノに感度があるので、活性フレーバー間の振動を観測しない。)
ニュートリノ振動のページで議論したように、Δm2が矛盾した値の証拠がLSNDとMiniBooNEの反ニュートリノ実験によって示されました。(MiniBooNEのニュートリノ実験では見えていない。) もしかするとこれは標準模型とその発展型(超対称性理論など)では全く予想されない粒子を初めての発見した可能性もあるので、極めて重要で早急に確認して説明する必要があります。MiniBooNEの結果はまだ非常に低い統計に基づいているので、もっと多くのデータを収集したあともその矛盾が依然として残っていたとすると、この領域を研究することは非常に重要になります。長基線実験では、ν + p → ν + p + π0 のような中性カレント反応を調べることでこの問題に取り組むことができます。ステライルニュートリノの信号は、前置検出器と比べて後置検出器での中性カレント反応が減っていることです。これまでのところ反ニュートリノビームのみで信号が観測されていることは、あまりよい状況とは言えません。ほとんどの長基線実験は少なくとも最初は生成と検出が容易なニュートリノビームで走るからです。(ニュートリノは反ニュートリノよりも反応断面積が大きい。)ただし、反ニュートリノに信号があってニュートリノに信号がなければ、それはCPを破っている過程であることを示し、それ自体が二重に興味深いことになります。
質量の絶対スケール
ニュートリノ振動実験は質量2乗差の情報を与えてくれますが、ニュートリノ質量の絶対値については教えてくれません。例えば、質量2乗差が 7.6×10-5 eV2 の場合、それぞれの質量が 0 と 0.0087 eV の可能性もあれば、0.1 eV と 0.10038 eV もしくは 1 eV と 1.000038 eV の可能性もあります。ニュートリノ質量の絶対値を測定する方法として、基本的に2つの直接的方法と1つの間接的方法があります。
- 放射性ベータ崩壊(通常はトリチウム)からの電子のエネルギースペクトルの終端点 - ゼロでないニュートリノ質量はエネルギースペクトルの高エネルギー側の終端点を下げ、非常に高いエネルギーの電子の収量を減らします。
- ニュートリノレス二重ベータ崩壊の観測 - この過程は、電子ニュートリノが質量ゼロでなくマヨラナ粒子である場合にのみ起こります。
- 宇宙マイクロ波背景放射の研究から導き出される熱いダークマター成分の観測 - これは全ての(ステライルニュートリノを含む)ニュートリノ質量の和を測定します。
この話題は「標準模型を超えて」のページでさらに詳しく議論されています。現在稼働中もしくは近い将来に計画され得ている多くの実験が、この問題に特にニュートリノレス二重ベータ崩壊を通じて取り組むことを目的としています。
まとめ:現在および近い将来のニュートリノ実験
以下の表に、現在および近い将来のニュートリノ物理学実験(超高エネルギー宇宙ニュートリノ実験は含まれていない)とその主な研究領域を示します。ニュートリノ物理学は非常に研究が盛んな領域ですので、もしあなたの実験が偶然にも漏れていた場合はご容赦ください。
実験 | 対象・目的 | 物理 | 状況 |
---|---|---|---|
Borexino | 太陽ニュートリノ | 太陽ニュートリノ物理 | データ取得中 |
KamLAND | 原子炉ニュートリノ振動 | θ12, Δm212, 地球ニュートリノ | データ解析 / アップグレード中 |
OPERA | 加速器ニュートリノ振動 | タウニュートリノ出現 | データ取得中 |
MiniBooNE | 加速器ニュートリノ振動 | ステライルニュートリノ | データ取得中 |
MINERνA | 加速器ニュートリノ | ニュートリノ反応 | データ取得中 |
MINOS | 加速器ニュートリノ振動 | θ23, Δm223, θ13, Δm213 | データ取得中 |
T2K | 加速器ニュートリノ振動 | θ23, Δm223, θ13, Δm213 | データ取得中 |
NOνA | 加速器ニュートリノ振動 | θ23, Δm223, θ13, Δm213, δ | 建設中 |
LBNE | 加速器ニュートリノ振動 | θ13, Δm213, δ | 計画中 |
Double Chooz | 原子炉ニュートリノ振動 | θ13, Δm213 | データ取得中 |
Daya Bay | 原子炉ニュートリノ振動 | θ13, Δm213 | データ取得中 |
RENO | 原子炉ニュートリノ振動 | θ13, Δm213 | 建設中 |
KATRIN | トリチウムβ崩壊 | ニュートリノ質量 | 建設中 |
COBRA | 0νββ | ニュートリノ質量 | データ取得中 |
CUORE | 0νββ | ニュートリノ質量 | 試作機データ取得中 |
EXO | 0νββ | ニュートリノ質量 | データ取得中 |
GERDA | 0νββ | ニュートリノ質量 | 建設中 |
Majorana | 0νββ | ニュートリノ質量 | 建設中 |
NEMO-3/SuperNEMO | 0νββ | ニュートリノ質量 | データ解析 / 建設中 |
SNO+ | 0νββ, 太陽ニュートリ, 超新星ニュートリノ | ニュートリノ質量, 振動, 超新星 | 計画中 |